伝わらない時代に求められる「ファンベース」発想とは

更新日 2023年04月26日

「YouTubeの投稿動画1日分」を見るだけで82年かかる

マーケターにとっての最重要課題の一つ「新規顧客獲得」が、今、とても困難になっていると言われています。その背景としては人口減少や高齢化など、さまざまな要因が指摘されていますが、中でも最も大きな要因とされるのが「情報過多」です。

インターネットの台頭により、企業や個人が発信する情報量は大きく伸び、2020年に世界で発信された情報の量は59ゼタバイト(ゼタバイトは10の21乗)。マイクロソフトの予想では、2024年には全世界で124ゼタバイトのデータが生まれるようになると見込まれています。これだけ膨大な量の情報が増え続ける中にあって、企業が広告を発信して消費者に見てもらい、覚えてもらえる確率は当然低くなります。

つまり、これまでと同じように広告を打っても、他の情報が増え続ける限り、広告の「打率」は下がってしまうということです。

コンテンツの数も増え続けています。かつて私たちが日常で接するコンテンツといえばマスコミが発信するものが主流でしたが、SNSの普及で今や老若男女、あらゆる人があらゆる内容のコンテンツを発信しており、You Tubeに1日に投稿される動画をすべて見終わるには、82年かかるとも言われています。これだけの数のコンテンツが溢れ、しかもそれを閲覧する媒体やデバイスまで多様化の一途をたどる中、昔ながらの「大々的に広告を打って認知を広げる」という方法による新規顧客獲得は非常に難しくなっているのが現状です。

求められるのは「家族や友人からのおすすめ」を中心に据えた広告戦略

では、この「伝わらない時代」において、人々は何を情報源にモノやサービスを選び、購入しているのでしょうか。インフルエンサーと呼ばれる人たちでしょうか、それとも有名なメディアや専門家でしょうか?いいえ、これだけ情報に満ち溢れた社会においても、人々が最も信頼する情報源は「家族や友人」なのです。

ファン総合研究所が2022年におこなった「推奨行動に関する調査」で「あなたが『もっともおすすめを信頼できる』と思えるのは誰からの情報ですか」と聞いたところ、最も多かったのは「友人や親しい人」(65.4%)、次いで「家族」が60.7%。家族や友人からのおすすめを信頼している人が圧倒的に多く、3位以下(知人や同僚、口コミ)を大きく引き離しました。ちなみに影響力があると思われがちな「インフルエンサー」と回答した人は、わずか7.9%にとどまっています。

つまり、マーケターは従来の広告戦略に加え、「信頼できる家族や友人からのおすすめ」を念頭においた広告戦略を考える必要があるということです。では、「家族や友人に商品やサービスの良さを口コミで伝え、おすすめしてくれる人」は誰でしょうか?そう、「ファン」に他なりません。情報が伝わりにくい時代にあって、確実に熱意をもって商品やサービスを「推し」てくれるファンを増やすことは、新規顧客獲得において不可欠な施策と言えるでしょう。

2割のファンが8割の売り上げを支える

ファンの影響力は、新規獲得だけにとどまりません。「パレートの法則」としてよく知られているとおり、売上の8割は2割のファンが支えていると言われています。つまりファンを増やし育てることは、ビジネスの安定・成長に欠かせない取り組みでもあるのです。少子高齢化が進み、人口が大きく減少していく日本で、新規顧客を継続して獲得していくことは至難の業。そこに大切な予算の大半を割いてしまうのではなく、既存の顧客をファン化し、一人ひとりの顧客生涯価値を高める施策に注力するほうが企業の負うリスクは小さく、かつ売り上げの安定・増加につながりやすいと言えるでしょう。

電通で長く広告に関わった経験をもつコミュニケーション・ディレクターの佐藤尚之氏は、「ファン」を大切にし、企業活動の「ベース(支持母体、土台)」として、中長期的に売り上げや価値の向上を図る考え方を「ファンベース」と定義しています。ファンベースの特徴は、ファンをマーケティングしないこと。ファンベースとファンマーケティングの違いを佐藤氏は2023年1月の「電通報」で、次のように説明しています。「マーケティングって言ってしまうと、そのファンを思い通りに動かしてやろうみたいな、上からの目線の万能感がどうしても入ってくる。でも、ファンは一緒にブランドを育てていく仲間なんです。仲間はマーケティングで動かしたりする対象ではありません」。そして、ファンベースの第一目的はファンを増やすことではなく、既存ファンの「ファン度」を上げることだと指摘しています。

既存ファンの「ファン度」を上げるには?

ファン度を上げるために、有効な施策として佐藤氏が提案するのは「ファンミーティング」です。

ファンミーティングは、企業と顧客が交流するための機会を設ける手法であり、ファンと企業双方に、次のようなメリットをもたらします。

  • ファンから直接意見や感想を聞くことができる
  • ファンミーティングに招待されたファン同士の交流が生まれ、ファン度が高まる
  • 商品やサービスの担当者・開発者を参加させると、モチベーションの向上に繋がる
  • ファンミーティングに招かれることによって、ファンが企業から優遇されていることを実感できる

VIP顧客とのバスツアーやファッションショーを開催するブランドも

実際に、ファンミーティングを開催し、ファンと良好な関係を築く企業も出てきています。

2022年に20周年を迎えた人気アパレルブランド「アクシーズファム(Axes femme)」では、コロナ禍にあってもファンと交流する機会を維持するべく、VIP顧客を対象にしたオンラインサロンを開催。社長自らがファンと交流して意見を傾聴。その結果を活かして、福井県にある本社へのバスツアーを開催。物流拠点などを訪問し、社員とVIP顧客が交流、意見交換を行いました。もちろん顧客は同ブランドのアイテムを着て参加、ツアー中何度も着替えて、そのたびに写真撮影し、ツアーの楽しさやブランドの魅力をSNSで発信。ブランドの世界観を深く理解しているVIP顧客の発信には説得力があり、その投稿を見た人がブランドの新たなファンになるという好循環も生まれているといいます。

また、同社ではショッピングモールなど外部の目にあえて触れる場でもファンミーティングを開催。ファンやスタッフがモデルを務めるファッションショーなどを行ってファンと交流すると同時に、ショッピングモールを訪れている客(まだ同ブランドのことを知らない客)にアクシーズファムというブランドを知ってもらう場としても活用しています。

出典:株式会社アイジーエープレスリリース 

ファンベースの取り組みは、ファンのファン度が上がるだけでなく、結果としてブランド認知度や新規顧客獲得に繋がる取組でもあります。もちろん顧客のファン化、ファン度の向上は、一朝一夕に実現できるものではありません。単発のキャンペーンのようにすぐに目に見える効果が出るわけでもないので、中長期的な視野に立って時間をかけて取り組む姿勢が求められます。つまり、今すぐに始める必要があるということです。

まずはファンを「ターゲット」として見るのではなく、企業やブランドを共に育てる「仲間」として定義し直すことから始めましょう。そして、その「仲間」と何を共有したいのかを考えることで、おのずと次のステップが見えてくるのではないでしょうか。