消費者の無意識を洞察
消費者起点のマーケティングがますます重要度を高める中、消費者インサイトの活用に注目が集まっています。今回は、消費者インサイトとは何かをおさらいし、その活用事例をみていきましょう。
消費者インサイトとは、消費者の行動や購買がなぜ行われたのかを洞察・分析することによって、消費者自身も気づいていない本音や動機をさぐる手法のことを指します。
たとえば私たち自身も、飲み物を買いに立ち寄ったコンビニエンスストアで、ついでにお菓子を買ってしまうことがあります。そんなとき、「なぜ、そのお菓子を買ったのですか?」と尋ねられたら、明確に回答できるでしょうか?飲み物を買うのが目的だったはずなのに、なぜお菓子を買ったのか。そして何十種類も並んでいるお菓子の中で、なぜ、その1つを選んだのか。明確に回答できる人は、意外と少ないのではないでしょうか?このように、自分自身の行動を振り返ってみると、考えている以上に「無意識の行動」が多いことに気付かされます。特に買わねばならないものもないのにネットショップを覗いたり、衝動的にものを買ってしまったり・・・数え上げればキリがありません。実際、「消費者が自分の行動のうち意識しているのは5%で、残りの95%は無意識に行われている」という調査結果もあるそうです。
さらに最近では消費者が商品を選ぶ際の基準も、ますます多様化しています。かつては「価格が安いもの」「品質が良いもの」を選ぶのが一般的でしたが、昨今の消費者は「価格」や「品質」だけでなく、その商品のストーリー性やブランド価値、SNS映えなど、一人ひとりが実に多様な判断基準を持つようになってきました。このため、「なぜ、その商品を買ったのですか?」というようなアンケートをしても、消費者の本音を理解することが難しくなってきているのです。
そこで生まれたのが、消費者インサイトという手法です。消費者の行動を洞察することによって、その動機をあぶり出し、それを商品開発やプロモーションに活かすのが、消費者インサイトの目的です。
「牛乳のことを考えるのは、牛乳を飲みたいときだけ」~「Got milk?キャンペーン」の成功事例
では、実際に消費者インサイトを用いたプロモーションの成功事例をみていきましょう。最も有名な事例は、1990年代初頭にアメリカ・カリフォルニア州の牛乳加工業者が行った「Got milk?(=牛乳ある?)キャンペーン」です。当時、カリフォルニア州では牛乳の消費量が落ち込んでおり、この業者も売上減少に頭を悩ませていました。そこで「牛乳は栄養満点」「カルシウムが豊富」「牛乳は健康や美容に良い」など、牛乳を飲むメリットを強調したプロモーションキャンペーンを展開していましたが、思うような効果を得ることができませんでした。「牛乳が体に良い」ことを消費者に伝え、消費者もそれを理解してはいたものの、それが消費行動につながっていなかったのです。
そこで、業者は方針を変え、「なぜ消費者は牛乳を飲むのか」を調べることにしました。調査では、牛乳の常飲者を集め、1週間牛乳を飲まないようにしてもらい、その上で、どこで何を食べたり飲んだりしたのかを日記につけてもらうことにしました。そして1週間後に聞き取り調査を行ったところ、実に興味深い結果が得られました。調査に参加した常飲者たちは、日常的に牛乳を飲んでいるのに「調査に参加するまで牛乳のことを考えたことなどなかった」「調査中、牛乳が飲めなくなって初めて、牛乳のことを考えるようになった」と回答、「チョコレートやクッキーなど甘いものを食べるときに、牛乳が飲めないことに苛立ちを覚えた」と回答しました。
つまり、この牛乳の常飲者たちは、「牛乳が飲みたい」という理由で牛乳を買っていたのではなく、「牛乳と一緒にチョコレートやクッキーを食べたい」という理由で牛乳を買っていたのです。
この調査を通じて業者が得たのは「消費者を『チョコレートやクッキーなどを食べたい』という気持ちにさせれば、牛乳が売れる」という洞察(インサイト)でした。そこで、業者はこのインサイトに基づいて、牛乳そのものではなく、牛乳を飲みたくなる状況にスポットをあてたプロモーションを展開。POP広告を牛乳売り場ではなくお菓子やシリアルの売り場に展開したり、牛乳と相性のよい食品メーカーと共同キャンペーンを展開、商品に「Got milk?(ミルク、ある?)」というコピーを表示するキャンペーンを行いました。1993年11月に始まったこのキャンペーンの効果は絶大で、翌94年にはカリフォルニア州の牛乳消費量は前年比+1.8%を記録、キャンペーンを行った加工業者の売上も約5.3%増、金額にして約1億ドル増を記録したのです。
消費者へのきめ細かなアプローチを
この成功事例から読み取れるのは、「事実」を正しく理解することの大切さです。事実が正しく把握できなければ、その背後にある動機を正しく読み取ることはできません。「体にいいから消費者は牛乳を飲むに違いない」という従来の前提を捨て、「消費者は牛乳が飲みたいとき以外、牛乳のことなんて考えていない」という事実としっかり向き合ったことが、キャンペーンを成功に導いたのです。
つまり、消費者インサイトを用いたキャンペーンを成功に導くためには、消費者の本音=事実を理解することが不可欠なのです。しかし、これはそう簡単なことではありません。通り一遍のアンケートや意識調査では、消費者の本音をつかむことはできません。もちろんデータ分析も必要ですが、消費者ファーストがますます求められるこれからの時代は、消費者や顧客と直接コミュニケーションする機会や仕組みを設け、本音が聞ける関係を構築しておくことがより重要になってくるでしょう。そのためには、顧客ロイヤリティを高めるためのキャンペーンやイベントを行う、顧客の属性にあわせて満足度の高い顧客体験を用意する、SNSを活用したコミュニティ作りをするなど、きめ細やかなアプローチが求められます。まずは、どのようなプローチが御社やブランドにふさわしいのかを見極め、消費者インサイトの方向性を探ってみることから始めましょう。